いわしのむれ

はきだめ

柿本人麻呂

 奈良時代歌人柿本人麻呂という人がいる。めちゃめちゃ歌を詠むのがうまくて、後の世で「歌聖」とか呼ばれている。例えば、奈良時代に詠まれた歌で作者が分からず、めちゃめちゃいい歌だった場合「ええ歌やから柿本人麻呂が詠んだに違いないでコレ!」と周りから言われて、なんの根拠もないのに柿本人麻呂作になったりする。「あしびきの 山鳥の尾の しだり尾の 長々し夜を 一人かも寝ん」という、百人一首の彼の歌もまた、実は作者未詳のいい歌で、後々になってから彼の歌であろうと言われたものなのだ。

 あの世で柿本人麻呂はどう思っているのだろう。「光栄だなあ」か、「こんなクソ歌、俺が詠んだことにすんなや」か。

 考えても分からないことに思いを馳せるのは、不毛だが楽しい。

 

 昔の人は結構適当で、書写したものも、誰が書いたか分からないときは適当に有名な人が書いたことにしている。「伝紀貫之」とか「伝藤原俊成」とかがそうだ。申し訳程度に「伝」をつけている。彼らが本当に書いたものと比べると一目で筆蹟が違うのが分かるから、どれだけ適当かよく分かる。

 平安後期から鎌倉初期にかけて西行という歌人が活躍するのだが、彼も優れた歌人として有名で、いろいろな書写本を残しているのだがその全てが「伝西行」なのだ。しかもその筆蹟が百種類ほどに分かれている。適当かよ。まあ有名な人が書いたことにすると高く売れるからなんだが。昔の人も必死やな~。

 

 サッカー始まったし見よ。