いわしのむれ

はきだめ

思い出を網で焼く

 一方は昨日のことのように鮮明に覚えていても、もう一方はすっかり忘れているということがよくある。私はこういう性格だからか、前者の立場になることが圧倒的に多い。「いじられキャラ」は信頼関係のある者同士しでしか成り立たない。つまらない関係性の人間から言われたアレコレは、私は案外覚えているし、それを言った彼彼女とは決して距離を詰めようとは思わない。とはいってもそれは膨大な会話のうちの一部だ。だいたいのことはそのうち忘れる。鮮明に覚えていると言っても、笑い話として昇華していることも多いのだ。

 ところで、私が後者の立場になったことがある。今日五年ぶりに焼肉を食べに行った男友達との、十一年前の出来事だ。

 その彼とは小学校、中学校、高校と全て同じ学校に通っていた。しかも、なんと、私は小学校二年生から中学一年生の間、ずっと彼のことが好きであった。彼は裏表がなく、決して人の悪口を言わない人間で、はっきりしていた。好きなものは好き、嫌いなものは嫌い、とはっきり言う男だった。男気溢れてるな~。とかなんとか思って、漠然と好きだった。私は当時非常にシャイで、好きだと告げることはもちろん、所謂「好きな子はいじめたくなる」というアレで、彼に軽口をたたいたりしていた。

 しかし、中学校に上がると、彼が私と全く話さなくなった。むしろ避けられていた。陰口をたたくような人ではないので周りの反応は特に何もなかったが、中学三年間と、高校一年生、同じクラスだったにも関わらず一言も口をきいてくれることがなかった。

 高校二年生になり、彼とはまた同じクラスになった。そして席替えで同じ班にもなった。調理実習があった。私は彼と芋を切る作業をしなければならなかった。どうしても話さなければならない状況になり、仕方なく聞いてみた。

「あのさあ、私、なんかしたかなあ。私のこと嫌いやんな」

 すると彼はまったくの無表情で私を見、めちゃくちゃため息をつき、四年ぶりに私に向かって口を開いた。

「俺小6の時の帰り道にお前に冗談半分で後頭部を魔法瓶で殴られてお前の人間性を疑ってからお前が嫌いから喋りたくないねん」

 そう一息に言った。私はナチュラルな流れで土下座をしていた。いや、そりゃ嫌いになるよね。私は何も覚えていなかった。びっくりした。犯罪者一歩手前の行為を好きな人相手にした上にそれを全く覚えていなかったなんて。彼は陰口も言わず、ひっそりと四年間私のことを嫌いだったのだ。めっちゃおもろい。ほんまごめん。

 私は四年分、死ぬ気で謝った。ごめん、ちゃうねん、いや違わへんけど。好きやってん!なんかあるやん?好きな人はいじめたくなる心理!あれやねん!ほんまごめん!許して!!!!許してください!!!!!!!!!!!!!という具合に。

 彼は「えっそれはキモい…」と呟いてから許してくれた。それからは円満に、友人として卒業までの二年間楽しく過ごすことができた。彼が正直で裏表のない性格だからこういう結果になったのだろう。私なら友達という友達に悪口を言いふらす気がする。

 

 彼は今でもはっきりした性格で、会社の同僚に毎週のように飲み会に誘われても「俺とお前は友達ではない」とめちゃめちゃ無慈悲に断るし、上司との面談で上司があくびをしていると「話してる途中にあくびとかムカつくんでやめてください」とめちゃめちゃに説教したりする。男気が溢れている。ちょっとアホやと思う。

 私はあまり人からの誘いに断れない。特に立場が上の人からの誘いは断れない。あんまりおもしろくないなあと思っても、ニコニコ笑ってその場にいることは出来るけれど、たまに、彼の性格がうらやましくなる。彼に言わせると「俺は死ぬほど自分勝手やからな」らしい。まあ確かにそうなんだけれども、いろいろな心の引っかかりを投げ捨ててばっさり言葉にし、あとに引きずらない。決して裏で悪口を言わない。彼のさっぱりしすぎた生き方を、私は尊敬している。

 「社会人になったらまた奢ってくれや」とさっとお会計を済ませてくれた男気溢れる彼と、また五年後、何かおいしいものを食べに行きたい。